「耐」の1年。

今年最初の通院で、院内のスタバに寄った時にスリーブに描いてもらったイラスト。
多くの人が「猪突猛進」を目標に掲げたであろう2019年は、ひたすら「停滞」と「忍耐」の1年だった。

2017年春に「血管免疫芽球性T細胞リンパ腫」が再発し、治療を終えて療養のあと、仕事に再復帰し始めたのが2017年の10月。
前回よりもハードな治療だったので、スロースタートで再開した仕事が、やっと元のペースに近付いてきたのが2018年になってから。
ところが、2018年9月に「再々発の疑い」と、治療の合併症である「慢性 GVHD」の急激な悪化により緊急入院、そのまま3度目の「休職」が始まった。

最初に病気が発覚した2016年6月からの3年半、全てが予想通りに行かなかった。

初めての5か月にわたる休職。5年生存率は「65%以上」と言われたけど、「造血幹細胞自家移植」という、「がんやウィルス、病気と戦う幹細胞」を自分の血液から採りだして保存し、大量の抗がん剤でがん細胞を根絶やしにしてから、保存しておいた自分の造血幹細胞を点滴で戻す、という治療を行なった。
退院してからは通院しながらの抗がん剤治療。
3か月もしたら寛解して元気いっぱいになった。
「なんだ、“がん” なんて楽勝じゃん。今の医学すごい!」と、その時は思ったのだ。

ところが復職して3か月で再発し、再び半年間の休職。
今度は5年生存率は言われず「厳しい治療になります」と言われた。
同じ病名(悪性リンパ腫だけでも70〜90種類ある)で医学論文を検索したら、数年前のデータで「再発後の5年生存率は20〜50%」と書かれていた。
ここで初めて「あ、オレ、ヤバいんだ」と思った。

前回より強い抗がん剤による治療に加え、「造血幹細胞同種移植」という、ドナーに造血幹細胞を提供してもらい、点滴で自分の身体に移植する、という、ちょっとハードなメニュー。
前回の治療で再発してしまったということは、前回と同じ治療では根治できないということ。

よく、テレビの医療ドラマで難しい心臓移植や肝臓移植をスーパードクターが為し遂げて、見事成功!というパターンがあるが、実際にはそこから先は「拒絶反応」との闘いが待っている。
人間の身体にある免疫機能は、もともと「自分でない異物」が身体の中に取り込まれた場合、それをとにかく力ずくで排除しようとするものだ。
そのために身体の免疫力を調整して、免疫細胞の活動を抑える薬を服用し、ギリギリのバランスを保ちながら、免疫細胞をなだめすかし、新しく入ってきた臓器が敵であることを認識させないようにする。

この「同種移植」というのは、いわばその応用のようなもので、「身体の中で自分の免疫細胞が敵と認識しなくなってしまったがん細胞」に、あえて「自分の血液型(「HLA」という白血球の血液型)が少しだけ異なる幹細胞」を体内に入れて、自分の身体の末端に残っているミクロレベルのがん細胞と戦わせようとするシステムなんだそうだ。
「今までの自分の体内のルールを知らない正義の味方」に戦ってもらうので、流れ弾が飛んでくる。
体内にある異物でないものに対しても、「コイツ怪しいかも」と攻撃してくるのだ。

(ここまでのくだり、これ以降のくだりも、医療の専門家ではない単なる「元患者」の浅い知識なので、あくまでも「そんな感じのもの」と思って読んでください)

移植してから半年以上、それまではなんとかコントロールできていた「正義の味方」が、だんだんバランスを崩し始めていた。

そして去年の9月、久々の PET-CT という「がん細胞を発見するのに特化した CT検査」で「再々発の疑い」が指摘された。

「やっぱり20〜50%の壁は高かったか……」と、3度目の、そして最大の「覚悟」をした。

この頃には、ドライアイと口内の乾燥、そして鼻の乾燥がかなり強くなり、日常生活を送るのも難しくなった。
数分おきに目薬をささないと目が痛くなる、口内の粘膜がなくなって何も食べられない、鼻が詰まって呼吸も大変……という状況になり、さらに肺炎を起こしていることもわかって、とにもかくにも誕生日の前日に緊急入院することになった。

あまりに酷い慢性 GVHD の症状を見た担当医の先生は、「これだけ慢性 GVHD の症状が出ているのに、がん細胞が残っているのはどう考えてもおかしい。PET-CT 検査で見えた “影” は、実はがん細胞ではないのでは?」と考え、リンパ節や骨髄にがん細胞があらわれているかの検査を重ねることになる。

その結果、今までの治療で免疫力が大幅に下がったために感染症になり、それに反応してリンパ液が活溌に活動していたということがわかった。

まずは2018年の晩秋、「3度目の生還」が確定した。

当初は「ま、年内は辛抱のとき。年明けくらいから仕事に戻れるだろう」と思っていたら、甘い甘い。
夏頃から始まっていたドライアイはどんどん酷くなり、極度の視力低下をもたらした。
入院したから1ヵ月は、おかゆと流動食しか食べられなかった。

退院してからは、おかゆとうどん、鶏のもも肉、あとはペースト状の介護食をひたすら食べ続け、少しずつ太麺のつけ麺などからバリエーションを拡げ、なんとか中太麺のラーメンが食べられるようになったのが2018年の年末。

で、1年後の2019年12月。
今でもまだ口内の粘膜が弱っているので、唐辛子系の辛いもの、クッキーやナッツなど口の中で溶けにくい(または溶けない)ものなど、ほんの少し弊害は残るものの、それ以外は殆どのものが食べられるくらいまで口内炎は治ってきた。

「食」に関しては、失ったものをだいぶ取り戻せた1年だった。

それでも、ドライアイと視力低下はなかなか戻らずむしろ悪化し、ぼんやり見えていたテレビはどんどん見えなくなった。
知らない飲食店に入れなくなった。
食券機があるのか、そもそも壁に貼ってあるメニューも、店内の椅子の配置も殆ど見えないので、1人では勝手がわかるチェーン店か、何度も言ったことがあるお店にしか入れない。
お湯を沸かすくらいはできるけど、包丁の刃先も見えないので、ちょっとした自炊はもちろん、果物の皮をむくこともできなくなった。

この状態では、パソコンより先にあるものにはピントが合わせられないので、ラジオ制作の現場にいつまでたっても復帰できない。
そりゃあ台本や企画書を書いたり、パソコンで編集するくらいはできるけど、知らない場所に行って、初めて会う人を相手にプレゼンや会議はできない。
ホワイトボードの文字も見えないし、そもそもスタジオの時計や CD プレーヤー、手元の台本だって目を近付けないと見えない。
もちろんガラス越しに出演者とのアイコンタクトなんてとれないわけで。

14か月にわたる休職を経て、所属していた制作会社も一旦退職することにした。(休職中も社会保険と厚生年金は毎月しっかり引かれてしまうのよ)

自宅療養の1年、それが2019年だった。

もちろん買い物くらいは行くし、湿度が高ければそこそこの遠出もできる(目薬は必須!)。
月に数回は通院で先生とも会話する。
それでも、1週間のほとんどは家族以外とは会話せず、ただラジオと音楽を聴き、(テレビが遠くて見えないので)MacBook Pro から TVer でテレビドラマを観て、SNS で友人知人とやりとりするだけの毎日。
あれだけ人生の大半を占めていた、楽しくてしょうがなかった仕事が遠い存在のまま15か月が過ぎた。

数か月に一度は知人と会ってお茶を飲んだりお酒を飲んだりもした。
これには本当に救われた。
夏と冬には小学校時代の同窓会に参加して、そこには40年ぶりくらいの再会もあった。
つい先日は、最初に病気になった時に現場を離れた番組の忘年会にお招きいただき、懐かしい皆さんと信じられないほど楽しい時間を過ごすことができた。

家族と医療者の皆さんには本当に頭が上がらないが、仕事で忙しいはずの貴重な友人たちには本当に感謝しかない。
そういう意味では、この1年は無駄ではなかった。

無駄ではなかったけど、とにかく耐え続けた2019年は、それまで殆ど見なかった「仕事をしている夢」を見るようになった。

たいていは現役時代では一度も経験しなかったようなトラブルの真っただ中、対応に追われている夢だ。
ありえないほどの無茶な環境のなかで生放送を強行しなければならない状況の中、右往左往している夢ばかり。
夢の中では、いつも追いかけられて、焦っている。
ところが、目を覚ますと、僕を追いかけてくれるものなんて、何ひとつない。
焦る必要なんて、どこにもないことを思い知らされる。

「毎日、ほんの少しでもいいから、一歩ずつ、足を進めよう」と決めていた目標も、少しずつ、「後退さえしなければ、立ち止まってもいいや」と、やっと思えるようになった。

たぶん、「耐える」ということに、少し慣れてきたのだと思う。

このドライアイと視力がいつ戻るのか、どこまで戻るのかはわからない。
先生に訊いても「半年かもしれないし、2〜3年かもしれないし、それ以上の可能性も……」という答えしか返ってこない。

まぁ、3回は失いかけた命だ。
「死ぬこと以外はかすり傷」なんて全くの嘘っぱちだけど、「生きてるだけで丸もうけ」は真実だ。

この1年は、とにかく耐えた。
とりあえず乗り切った「20〜50%」の壁を本当に越えるまで、あと871日。

もうしばらく「耐える日々」は続くだろうけど、前しか向かない。
現場に戻った時には、あんな夢のようなヘマは絶対にできないのだ。

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名刺を作りました

とりあえず、無職になったので、暫定的に名刺を作りました。
iPhone のアプリでサクッと作れるなんて、いい時代になったもんだ。

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